(第14日目)「成都から広州経由 日本帰着」

14日目は、日本への帰着だけの行程です。

朝7時30分成都発の国内線飛行機に乗るため暗いうちにホテルを出て、ほぼ予定通り、9時30分広州着、乗り継ぎの成田行JAL出発の15時10分までかなり時間があるので数ヶ月前完成したばかりの広州新空港ビルの中を散歩したり 昼食をとったり、のんびりし、成田に20時25分無事帰着しました。
 それにしても、遠路バスでの移動・千数百mの宿から4千m超の峠越後、2千mの宿へと一日に3000m近い高度差を経験するのも数度・早朝暗いうちからの活動開始・標高3000mを越す宿での滞在・3000m超の高所でのハイキング等々かなりハードなスケジュールで、しかもガイドを除く参加者全員が60~70代だったにもかかわらず。無事スケジュールを消化できたのは何よりでした。
 また再三書きましたように天候に恵まれ、技量不足を補ってくれたおかげで、ソコソコの写真もかなり撮れたことは、大変嬉しいことでした。
 
最後に例によって旅行中の雑感少々を追記して最終日の旅日記とします。

1.冒頭書きましたように小生観光旅行としては1992年の家内と一緒の長江下り以来であり、その後の南京出張以降でもほぼ十年ぶりですが、当然のことながらこの間の中国の変貌振りは著しく、吃驚することの連続でした。
 成都に高層ビルや高速道路が出来ていたのは当然としても、今回廻ったいわば辺境の地でも立派な真新しいホテルが出来ていて、十数年前観光地桂林のホテルでさえもお粗末であったのが夢のようです。
 ただ、ホテルの施設は立派でも、夜8時まではお湯が出なかったり、フロントでも英語を解するスタッフが殆ど居ないなど、所謂soft面での充実2008年の北京オリンピックに向けての大きな課題でしょう。
 とはいうものの、この前までは主要空港の売店の従業員ですら従業員同士無駄話をしていて客の相手をせず、呼んで話しかけてもムスっとした官僚的な態度で物を投げて寄越すのが一般的だったのに、今回はどこも笑顔で対応してくれるようになり、大変な変化ではあります。
 他方 ホテル・観光施設など、民間投資の活発なのに比べ道路などいわば基幹部分の公共投資がまだまだ不十分である上、その進めかたがお役所的なのも目につきました。

2.中国国内の旅行熱すごく、休暇の増加と共に、富裕層の拡大の影響が著しいようです。
 旅行者のかなりの数のものが「中華」という20本入り1000円ものタバコを吸っており(当方も流石に1000円のタバコには手が出なかった)経済の進展で 高所得者階層がどんどん増加し、高級マンション・高級自家用車が大流行なのも、むべなるかなという感じです。
 昔は中国向け輸出というというと、一代前の旧式物を出していたのに、今では「携帯電話なども最新式むしろ次世代ものを売り込まないと相手にしてくれない」というのも、かなり前からのことであり、消費財に関する限り完全に高級志向ですね。
 他面生産財などについては一部の業種を除き、まだまだ低労賃の影響を受けているようです。

3.また、いうまでも無く全中国的に見れば、国民の中の貧富の差は拡大しており、特に沿海部の経済発展地域と辺境部との格差は著しいものがあります。
将来共に中国が抱える大きな問題でしょう。
 丁度我々の旅行中に江沢民が引退し、第三世代への移行が完了したわけですが、幹部の権力私的利用・コネ横行の問題など社会体制の問題以前の中国的課題も多いようです。

4.中国の辺境部には初めて行ったわけですが、中国が多民族国であることも多少ながら実感できました。
中国というと=漢民族と考えがちですが、中国四千年の歴史の中で匈奴・モンゴル・満州族と王朝自体が入れ替わっているわけであり、其の他交易通商交流を通じてかなりの血の交流もあっているのですね。
歴史の教科書で読むのと、僅かな期間の観光でもやはり現地で体感することとの差は大きいようです。

5.中国共産党紅軍の長征については本文でも触れましたが、6日目に丹巴近郊の羌族の住居を訪れたおり、居間に毛沢東の大きな肖像が未だに掛かっているのに気が付きました。
中国人ガイドに、「都会でもそうか?」と尋ねると、「都会では大分減っているが、やはり新しい動きが地方に伝わるには時間が掛かる」という返事でした。
 同時に、「旧地主階級支配の惨めな農奴の立場から解放してくれたということで地方では鄧小平よりも毛沢東の方が未だに尊敬を受けている」とも。

6.堅い話はさておいて、今回の旅行では自然風物を十分に楽しませてもらいました。
 黄龍・九塞溝の景観は勿論ですが、特に日照金山・四姑娘山・貢嗄山(ミニヤコンガ)など山が良いですね。
 また特に名前のわからない山でも5~7000m級の山が連なる様は雄大であり、それより低い山でも連なる広さが違います。
 「一望千里」という言葉がありますが、巴郎峠その他、「一望万里千山眼中」といった感じで、同時にこの広大な国を支配するのは大変なことだという感慨も改めて感じます。

7.なお今回旅行社からも知人からも高山病につき色々助言されましたが、やはり高所の影響はありますね。
 特に3000mを越えると道端の草花を撮ろうと、ちょっとしゃがんで立ち上がるだけでフラフラします。
また呼吸4~5回ごとに一回深呼吸しないとならず、昼間は良いとしても夜寝るとき息ぐるしい思いで寝付けないこともありました。
 日本から高山病の対処薬ダイアモックスというのを持参しましたが小生には余り効果が無い様で、現地で漢方薬「生命紅景天」というのも購入、最初1回は顕著な効用で直ぐに眠れましたが、2回目には全然効果なし。
 現地でフマキラーの倍ほどの長さの酸素ボンベ(50元=750円)も念のため購入していましたが、まあ気休め程度。
 ガイドからアルコールは避けるように、タバコも避けるように、高所に慣れるまで風呂も控えめに、夜は十分睡眠をとるように、等々色々親切な注意があり、参考にしましたが、旅行社自体旅程の都合上高所に行って最初に温泉入浴をスケジュールに組んでいることもあり、まあこれも個人差が大きいので、夫々が自分の体調・体質を考えながらやる以外に無いようです。
 小生も眠れないものは仕方がないので 例によって日頃どおり眠れなければ夜中おきていてタバコをふかしていました。
人間の体は良く出来ていて、睡眠不足が続けばバスの中での10~20分の居眠りでも結構補いが付くようですし、ビールの1~2杯は全く影響を感じませんでした。
これも平素から深夜業・昼間居眠りの生活習慣のお陰かもしれません。
ただ、ユックリ歩くことと、深呼吸に心掛けることだけは 高所での必須事項のようですね。

8.食事ついては、前回長江下りのおり、成都・重慶などで旅行社が辛い料理をすべて事前にオミットしてしまい、何のために四川に来たかわからなかったので、今回は「自費で払うから毎夕食辛い料理を一皿は頼む」と事前に依頼していました。
 添乗員と現地ガイドが気を配ってくれて、最初数日間毎夕食に辛いものを手配してくれ(一皿450円程度)、大変助かりましたが、奥地に行くにしたがって 出てくる料理のなかに最初から辛いものが1,2皿含まれており 特別注文の必要はなくなりました。
 現地ガイドが面白がって、自分たちのテーブルに出た現地なみの極辛料理
「これは駄目だろう?」という期待顔で、分けて持ってきてもくれましたがオールOKで美味しく頂きました。
これも平素磯子CCで豆板醤を山ほど掛けて昼食をとっているおかげでしょう。
 其の他中華料理なので欧米に出かけるときのようにレトルトの米飯や味噌汁の素などは一切持参しませんでしたが、このところ自宅でコシヒカリとミルキークインを混ぜて食べているせいか、中国米の匂いと味を受け付けず、平素「親米主義者」の小生が 旅行中口にした米は 14日間合計でも小さな湯飲み茶碗2杯いかなかったようです。(それもスープを掛けてネコメシにして)
 しかし 前述のように 料理は大変美味しく、特に辺境になるほど菜っ葉や根菜類の味がよく、薄味のものでも材料の味が秀逸でした。
これも有機農業と全部「高原」野菜のせいでしょう。


9.専用バスでの観光ツアーで現地の人とのふれあいがほとんどありませんでしたが、旅行中出会った子供と婦人、それに犬の写真を添付写真とします。
(チベット系の男性は写真を嫌う人が多い由)。
 勿論 文化風習の異なる異民族の写真を不用意に撮ることはトラブルの種で
あり、必ず断ってからするべきですね。
(現に5日目塔公高原ではバスストップのおり、遠くから近づいてきた9歳の男の子と16歳と18歳の姉妹の場合、現地ガイドが写真を撮って良いかときいてOKの返事を確認後微笑して皆に写真を撮らせた後、バス出発間際に「多額の謝礼金を払え」と18歳の姉娘がバスの前に立ちはだかる始末。
撮影のOKと謝礼とは別だということか?
まあ一家のためにオネエチャンが頑張ったということなのでしょう)。
 それは兎も角 一般に子供はお菓子程度あげて仲良くなればOKですし、
子供連れの母親も同様ですね。
 果物売りなどはまず商品を買ってそれから写真をお願いすればOKであることも多いようです。
 やはり相手の立場になって、手振りでも何でも誼を通じてからが大事なようです。
 しかしいつも感じるのですが子供は今の日本では見つからないような洟垂れ小僧もいますし、活き活きした顔をしていますね。

10.今回の四川省ツアー 6-8月の花のシーズンを外しており、また、3000mの高地で しゃがんで写真を撮って立ちあがるだけで息が切れることもあり、立ったまま撮れる山の写真に集中して、花の写真は殆ど撮りませんでした。
 四姑娘山山麓のブルーポピーは勿論終わっていましたが、幸いなことに エーデルワイスだけは数本見つけられました。
その他 十三枚ほど撮ってきたものを末尾に撮影順に並べてみました。

いずれ図鑑で名前を調べたいと思っていますが、はっきりしているのは二段目左端のエーデルワイスと四段目左端のコスモスだけ。

取りあえずは並べたままで・・・。(ご存知の方はお教えください)。

この旅日記 自分のメモのために始めたもので、毎度まことに「よしなき、下らぬことばかり」書き連ねておりますので
お読みになる方も大変でした。

  御付き合いありがとうございました

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