偶園は青州市南偶園街197号に位置して、清時代の康煕年間の文華殿大
学士兼刑部尚書−馮溥の個人ガーデンで、地元の人々に「馮家花園」と称
されていた。馮溥が京城に役職を勤めていた時万柳園に住んでいたため、
彼は皇帝が彼に賜った青州での邸宅を「偶園」と称し、「無独有偶」(中国語
で同じことがほかにもあるという意味)の意味を取った。『偶園記略』の記載
によると、偶園の主要な建物には一山(三峰築山)一堂(佳山堂)二水(瀑布水、
洞泉水)三橋(大石橋、横石橋、滝水橋)、三閣(松風閣、雲境閣、緑格閣)、
四池(魚池、蓄水池、方池、滝水池)、四亭(友石亭、一草亭、近樵亭、臥雲亭)
があったそうである。偶園の規模はそんなに大きくないが、その構造が厳格
で、配置が適切で、趣があって、中国勤労大衆のずば抜けた庭園の建築芸
術を十分に体現している。


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偶園で、最も注目されるのは偶園築山である。それは明末清初の有名な疊石専門家
張南垣が設計、監督のもとで築かれたもので、中国で唯一、完全に保存された康煕の
風格を持った1基の人造築山である。中には中国の美しい山と川が濃縮され、石峰が
参差として聳え、亭台が錯落している。渓流はくねくねと続き、滝が高く、潭が深い。
極めて高い芸術と史料の価値を持って、国宝と誉められている。築山を除いて、偶園
にはまた「福」「康」「寿」「寧」四つの奇石がある。これらの奇石は細工が巧みで、非常
に気概があって、当時でも「一両石頭一両銀」(1両の石は1両の銀に値する)との言い
方があって、その貴重さが分かる。

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