京都(きょうと、みやこ、きょうのみやこ、)
日本の歴史的な都。京、京師、皇都ともいう。794年に日本の首都に定められた都城・
平安京にあたり、日本の政治・日本の文化の中心地となった。「京都」の由来
東アジアでは古来、歴史的に「天子の住む都」「首都」を意味する普通名詞として京(きょう)京師(けいし)
が多く使用されていた西晋時代に世宗(司馬師)の諱である「師」の文字を避けて京都(けいと)と言う
ようになり、以後は京、京師、京都などの呼び名が用いられた。
日本でも飛鳥京や恭仁京などが京都とも呼ばれた。平安京は当初から京都とも呼ばれたが、定着した
のは平安後期からで、京や京師という呼び名も併用されていた。
その後、次第に「京の都」「京」「京都」が都市の固有名詞のようになり、定着していった。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より
滋賀県在住のK様が京都のさくらの名所を撮影して下さいました。
天気も良く、精力的に色々な場所を探索してもらいましたので京都のさくらの美しさを
ご堪能下さい。
哲学の道のさくら(京都市左京区)にある小道である。 南禅寺付近から慈照寺(銀閣寺)まで、琵琶湖疏水の両岸に植えられた桜はみごとで、
春や紅葉の秋は多くの観光客でにぎわう。哲学者・西田幾多郎がこの道を散策しながら思索にふけったことからこの名がついたと
言われる。「思索の小径」と呼ばれていたものが、いつしか「哲学の道」と呼ばれるように
なったとされており、1972年に正式な名称となった。
日本の道100選にも選ばれている散歩道である。
撮影 滋賀県在住のK様
平安神宮 のさくら
祇園 白川沿いの枝垂れさくら祇園の北側を流れる白川沿いは、花街風情を色濃く残す界隈。とくに新橋、巽橋あたリから西、南へ延
びる路地には、老舗の料亭や、お茶屋が軒を並べる風情ある町並みが続きます。
典型的な京都の景観で、白川沿いの石畳の道は昭和20年頃まではなく、お茶屋が立ち並んでいたそう
なのですが、その御茶屋の一つに夏目漱石や谷崎潤一郎ら文豪が多く訪れた「大友」というお店があり
昭和30年、吉井勇の古希の祝いに「大友」のあった場所に谷崎潤一郎ら数名が建立したとのことです。
知恩院のさくら
京都の人気エリア・東山にある知恩院。堂々と建つ巨大な三門の周辺にはソメイヨシノが咲く。
階段を登り切ると見えてくる本堂の周辺には枝垂れ桜がある。
円山公園の枝垂れさくら(京都府京都市東山区)
国の名勝に指定されている。園域は八坂神社、知恩院に隣接する。「祇園枝垂桜」に
代表される桜の名所である。もとは八坂神社の境内の一部。
円山公園の枝垂桜は「一重白彼岸枝垂桜」という品種で、初代の枝垂桜は1947年(昭和
22年)に枯死したため、現在は2代目が植えられている。花見のシーズンにはライトアップ
が行われ、深夜でも花見客の姿が見られる。
残念な事に烏(カラス)が生ゴミを狙って枝垂桜の枝に止まる為、小枝が折れたり糞害に
よってダメージを受け、花の咲かない枝が生じて問題となっており地元の京都新聞にも
掲載された事がある。
清水寺の 夜ざくら(京都府京都市東山区清水)
山号を音羽山と称する。本尊は千手観音、開基(創立者)は延鎮である。
もとは法相宗に属したが、現在は独立して北法相宗大本山を名乗る。
西国三十三箇所観音霊場の第16番札所である。清水寺は法相宗(南都六宗の一)系の寺院で、広隆寺、鞍馬寺とともに、平安京遷都
以前からの歴史をもつ、京都では数少ない寺院の1つである。
また、石山寺(滋賀県大津市)長谷寺(奈良県桜井市)などと並び、日本でも有数の
観音霊場であり、鹿苑寺(金閣寺)嵐山などと並ぶ京都市内でも有数の観光地で、季節
を問わず多くの参詣者が訪れる。
古都京都の文化財としてユネスコ世界遺産に登録されている。