
影絵 ・文/石井昭さん(宇部興産〜テレビRロOB)
地下資源大国
| プレートテクトニクスという倫理をご存知ですね。日本についていえば、太平洋の中央の海底にある海嶺から湧き出したマントル対流が、日本列島の下に潜り込み、その時の摩擦が地震を発生させ、またその部分からマグマが地表まで上昇して火山になるものです。十種ガ峰や萩の笠山なども地震列島、火山列島、日本の生んだ白山火山帯の火山群に属します。 地下深くにある物質が地表まで運ばれるということは、豊かな地下資源が産出するという結果につながります。山口県の地下資源というと、馴染み深い石灰石や石炭を思い浮かべますが、奈良時代、山口県銅、鉄、銀などの地下資源に恵まれた地域でした。銅は長登(美東町)、蔵目喜(阿東町)に産出し、特に砒素の含有が多く融点が低いため、加工が容易な上、燃料費も安くて済みます。奈良・東大寺の最初の大仏様はここの銅で作られました。その後、戦火で東大寺が焼かれますが台座だけは残り、再建後もそのまま使われました。以前にご紹介した、重源上人が徳地町の木材を使って東大寺を再建した時の話です。 鉄については、各地で「たたら製鉄」が大いに行われ、江戸時代に至るまで長州のたたら製鉄の数は日本最多数でした。 銀についても、毛利家の本拠が安芸にあった時に石見銀山を開いたそのノウハウをもって、山口市の北にある一の坂に銀山を開きます。一の坂の銀はマンガンの含有量が高く融点が低いというメリットがあり、かつ日本一高純度でしたので、高額銭貨に使われ高い評価を受けました。この銀山の辺りは今日、「二十一世紀の森」という名の観光スポットになっていますので、ご存じの方もいらっしゃるでしょう。 銅、鉄、銀の他にも、例えば防府小鯖からは、明治時代勃興期にあった電気産業で絶縁体として不可欠だった雲母が産出し、その産出量は日本最大でした。 奈良時代から江戸時代まで県の産業経済を支えた地下資源も、壮大な規模のマントル対流がもたらした地球の恵みに他ならないといえるでしょう。 ※山口埋蔵文化財センターの中村先生に教えていただきました。 |
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地下のマントル対流の動き (たたら製鉄のできるまで) |